http://graphite.blog.shinobi.jp/
神職の資格を取ったものの、神職として奉仕させてくれる神社がなく、かろうじて巫女でなら雇ってくれる神社を見つけ、そこで4年間奉仕ししていました。
今は普通の仕事をしていますが、当時を振り返り注目度が高い?巫女の実情を嘘偽りなくお話します。
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神社なら礼儀作法にうるさそうなイメージがあります。
私がいた神社が世間一般と比べてどの程度だったかは分かりませんが、奉仕していた5年の間に幾らか祝儀・不祝儀がありました。その時の事を思い出してみようと思います。
①神主さん(30代後半・男)の結婚。
当然のようにうちの神社で結婚式を挙げることになり、それが終ってからホテルで披露宴でした。巫女は結婚式で奉仕をしましたが、当日は土日だったこともあり、披露宴に出席した人はゼロ。そもそも招待されてないんですが。土日なので全員呼ぶのも無理なので、神主さんの中でも宮司、課長クラスの人だけ行っていました。
巫女は式終了後にお祝いにワインを贈りました。巫女8人くらいでワインが4000円くらいだったので、今思うと随分安く済ませたな、って思います。入社1年目でお金もなかったし、結婚祝いを贈ったこともなかったので分かりませんでしたが、安い。
一人暮らし組は生活大変だっただろうと思うので、彼女達も出せる額で選ぶと、安くならざるをえなかったんでしょう。
数年後に神主さんへの贈り物を選びに行った先輩の1人から、選びに行った時の話を聞いた(シフト制なので全員で選びに行けず、先輩3人で選びに行った)。
その当時トップだった先輩が結婚する神主さんと仲が悪く、そもそも贈り物をすくこと事態が半端なく厭そうだったらしい。それをなんとか宥めて説得して贈り物をあげる所までこぎつけたが、今度は「みんなで合わせて1000円くらいのでいいんじゃない?」と安いもので済まそうとしたのを、これまた何とかみんなで4000円程の物にグレードをあげさせたらしい。
………嫌いを通り越して恨みの域だったのか………、気付きませんでした。
②神主さん(30くらい・男。去年退職して実家に戻った)の結婚。
退職時に結婚しますと言っていましたが、その後半年くらいした頃に結婚されました。実家の関西に帰っていたので、式も全部そっち。その為お祝いに駆けつけたのは宮司、課長、仲の良かった巫女さん(奥さんが元巫女で後輩にあたる)の3人。
この神主さんにも贈り物をあげたのですが、総額30000円余りの結構な額でした。①の神主さんの方がキャリアも長く上の立場なのに総額4000円。なのに何で②は30000円なの!?
それって何かおかしくない!? つかいきなり贈り物買ったから4000円ね~、って言われても聞いてないんですけど!?
というのが当時の私の本音。だって辞めた人だし、殆ど話したこともないし、1年も付き合いないんだけど………。辞めてなければしょうがないけど、もう辞めたんでしょ? なのに4000円………。
これも数年後に選びに行った巫女さんから、話を聞きました。この時のメンバーには①の贈り物を選びに行ったメンバー+②の結婚式に行った先輩の4人で行ったようなのです。で、②の新郎新婦と中の良い巫女さんがその熱い思いゆえいい物をあげたい!!となったようです。
で、②の神主さんはあまり巫女受けは良くなかったし、トップの先輩ともあんまり仲が良くなかった為、「そんなに高いものあげなくても良いんじゃない? 1人2000円くらいの予算で十分でしょ?」と言うも、「そんなの失礼だよ」と幾らか険悪ムードになったそうです。
個人的には8人×2000円なら十分だと思うのですが。みんな20代前半で月収15万行かない人ばっかなんだし、4000円はかなり痛いと思う。
③神主さん(20代・男)、祖母が死去。
入って1~2年の頃、彼の祖母がなくなりました。この時、神主さんはどうか知りませんが、巫女からは香典も何もなかったです。
④巫女さん(20代)、祖母が死去。
やっぱり何もなかったです。
⑤神主さん(60代・男)、母親が死去。
課長クラスは知りませんが、神主、巫女共に5000円のお香典。ちなみに母親死去の報が入った時、手元に5000円がなくて経理課で借りた人が半数以上でした。財布の中が常に心もとない人ばっかりなのか、とちょっと驚きました。5000円………なのに。
かく言う私も当時は財布に2000円くらいしか入っていませんでしたが、今は普通に10000円は入っています。逆に入っていないと不安になる。買い物の予定がなくても。
この神主さん、自宅が神社から車で2時間以上という遠方にお住まいでしたが、通夜に全員参加すべきだという課長の意向により、仕事を早めに切り上げて神社の車と神主さんの車総動員で行きました。
予想以上に遠くて帰りが心配になりましたが、通夜が終る8時頃に会場を出て、家に着いたらもうすぐ23時という時間でした。翌日も仕事なので結構キツかった記憶があります。終電間に合っただけマシだったとは思いますが、職場が遠いとこういう事になるのか、とも思いました。
⑥神主さん(元職員の神主さん、年10回くらい助勤に来る、40代)、祖父が死去。
何故かこの殆ど面識のない神主さんにもお香典を出すように、と言われました。5000円。④にあげてないのに何でたま~にしか来ない⑥の人にはあげるの!? とかなり疑問でした。⑥の人だって私の名前知ってるかどうか怪しいけど………。
未だにあげるべき人だったのか謎です。逆に私の祖父が死んで⑥に香典貰ったら、断りはしませんが何でくれたんだろう?って思うと思います。本当に面識殆どないんで。年10回来ても顔を見ることは1回2回だし。
あげるあげない、額の高い低いの基準がよく分かりませんでした。社会に出て参考になる事象はなかったです。ただ男で年齢が高い人が優遇されてただけ、という気がします。
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私がいた神社が世間一般と比べてどの程度だったかは分かりませんが、奉仕していた5年の間に幾らか祝儀・不祝儀がありました。その時の事を思い出してみようと思います。
①神主さん(30代後半・男)の結婚。
当然のようにうちの神社で結婚式を挙げることになり、それが終ってからホテルで披露宴でした。巫女は結婚式で奉仕をしましたが、当日は土日だったこともあり、披露宴に出席した人はゼロ。そもそも招待されてないんですが。土日なので全員呼ぶのも無理なので、神主さんの中でも宮司、課長クラスの人だけ行っていました。
巫女は式終了後にお祝いにワインを贈りました。巫女8人くらいでワインが4000円くらいだったので、今思うと随分安く済ませたな、って思います。入社1年目でお金もなかったし、結婚祝いを贈ったこともなかったので分かりませんでしたが、安い。
一人暮らし組は生活大変だっただろうと思うので、彼女達も出せる額で選ぶと、安くならざるをえなかったんでしょう。
数年後に神主さんへの贈り物を選びに行った先輩の1人から、選びに行った時の話を聞いた(シフト制なので全員で選びに行けず、先輩3人で選びに行った)。
その当時トップだった先輩が結婚する神主さんと仲が悪く、そもそも贈り物をすくこと事態が半端なく厭そうだったらしい。それをなんとか宥めて説得して贈り物をあげる所までこぎつけたが、今度は「みんなで合わせて1000円くらいのでいいんじゃない?」と安いもので済まそうとしたのを、これまた何とかみんなで4000円程の物にグレードをあげさせたらしい。
………嫌いを通り越して恨みの域だったのか………、気付きませんでした。
②神主さん(30くらい・男。去年退職して実家に戻った)の結婚。
退職時に結婚しますと言っていましたが、その後半年くらいした頃に結婚されました。実家の関西に帰っていたので、式も全部そっち。その為お祝いに駆けつけたのは宮司、課長、仲の良かった巫女さん(奥さんが元巫女で後輩にあたる)の3人。
この神主さんにも贈り物をあげたのですが、総額30000円余りの結構な額でした。①の神主さんの方がキャリアも長く上の立場なのに総額4000円。なのに何で②は30000円なの!?
それって何かおかしくない!? つかいきなり贈り物買ったから4000円ね~、って言われても聞いてないんですけど!?
というのが当時の私の本音。だって辞めた人だし、殆ど話したこともないし、1年も付き合いないんだけど………。辞めてなければしょうがないけど、もう辞めたんでしょ? なのに4000円………。
これも数年後に選びに行った巫女さんから、話を聞きました。この時のメンバーには①の贈り物を選びに行ったメンバー+②の結婚式に行った先輩の4人で行ったようなのです。で、②の新郎新婦と中の良い巫女さんがその熱い思いゆえいい物をあげたい!!となったようです。
で、②の神主さんはあまり巫女受けは良くなかったし、トップの先輩ともあんまり仲が良くなかった為、「そんなに高いものあげなくても良いんじゃない? 1人2000円くらいの予算で十分でしょ?」と言うも、「そんなの失礼だよ」と幾らか険悪ムードになったそうです。
個人的には8人×2000円なら十分だと思うのですが。みんな20代前半で月収15万行かない人ばっかなんだし、4000円はかなり痛いと思う。
③神主さん(20代・男)、祖母が死去。
入って1~2年の頃、彼の祖母がなくなりました。この時、神主さんはどうか知りませんが、巫女からは香典も何もなかったです。
④巫女さん(20代)、祖母が死去。
やっぱり何もなかったです。
⑤神主さん(60代・男)、母親が死去。
課長クラスは知りませんが、神主、巫女共に5000円のお香典。ちなみに母親死去の報が入った時、手元に5000円がなくて経理課で借りた人が半数以上でした。財布の中が常に心もとない人ばっかりなのか、とちょっと驚きました。5000円………なのに。
かく言う私も当時は財布に2000円くらいしか入っていませんでしたが、今は普通に10000円は入っています。逆に入っていないと不安になる。買い物の予定がなくても。
この神主さん、自宅が神社から車で2時間以上という遠方にお住まいでしたが、通夜に全員参加すべきだという課長の意向により、仕事を早めに切り上げて神社の車と神主さんの車総動員で行きました。
予想以上に遠くて帰りが心配になりましたが、通夜が終る8時頃に会場を出て、家に着いたらもうすぐ23時という時間でした。翌日も仕事なので結構キツかった記憶があります。終電間に合っただけマシだったとは思いますが、職場が遠いとこういう事になるのか、とも思いました。
⑥神主さん(元職員の神主さん、年10回くらい助勤に来る、40代)、祖父が死去。
何故かこの殆ど面識のない神主さんにもお香典を出すように、と言われました。5000円。④にあげてないのに何でたま~にしか来ない⑥の人にはあげるの!? とかなり疑問でした。⑥の人だって私の名前知ってるかどうか怪しいけど………。
未だにあげるべき人だったのか謎です。逆に私の祖父が死んで⑥に香典貰ったら、断りはしませんが何でくれたんだろう?って思うと思います。本当に面識殆どないんで。年10回来ても顔を見ることは1回2回だし。
あげるあげない、額の高い低いの基準がよく分かりませんでした。社会に出て参考になる事象はなかったです。ただ男で年齢が高い人が優遇されてただけ、という気がします。
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正月の真最中に自分勝手な理由で仕事を放棄して帰宅したH先輩。普通の会社でこんなことしたら、問答無用でクビになるのではないでしょうか。懲戒免職の域だと思います。
しかし、上下関係が厳しいし労働条件が悪い割に、神社界は妙な所では甘い業界なのか、あの一件の後にも特にお咎めはなく(忙しくて咎めるヒマもなかったのだろうか)、のうのうと出勤していました。
しかも正月後の次の波、節分の時期に「体調不良」と称して1週間程休んでました。一応医師の診断書を持ってきていたのですが、課長たちはかなり疑わしいと思っていたようです。その後も週に1回は休むか遅刻か早退、もしくは全部かましていました。
それでも神職さんも何も言わず、巫女さんも何も言わず………
クビにもなりません。どーなってるんでしょうウチの神社は。
言うに言えないというのが正直な所でしょうか。
問題はあるけど新たに人を募集してもそうそう来ないし、彼女よりもマトモだという保証はない、ということなのか。
表立っては言わないものの、巫女の中では勿論評判は悪化していました。
「来る来ないか分からないんじゃ困るんだよねー、シフトも組めないしさー。大体あんなのと同じ給料かと思うとムカつく~!!」
H先輩の同期の巫女さんは息巻いておりました。確かにその通りです。
「辞めるなら辞めてもらった方が仕事がスムーズなんだけどな。何かある度に事後処理に走るの大変だしさ」
「祭典の舞が当たっているのにさ、土壇場になって休むってどうなのよ?」
評判がた落ち………
先輩だからと思って私は何も言いませんでしたが、勿論いい加減にしてくれよと心の中では思っていました。限られた人数でやっているのに、H先輩がブチ開けた穴を誰が必死に埋めているとお思いで?
先輩達は勿論後輩達も大変だったんですよ? 貴女が突然欠勤するから、本来休みだった人が朝っぱらに電話で頼まれて、公休だったのに出勤する羽目になったのですよ?
節分だってどんだけ大変だったか………
ああ、この状態で来年度も続けるのか………と憂鬱でしたが、とうとう最後の決定的な事態が起こりました。
それは3月のある日の祭典中に起きました。
神主さん達が祭典の奉仕をし、巫女が舞を舞い、舞の奉仕じゃない巫女さん達は裏で色々片付けたり準備したりしておりました。
私は社務所にF先輩(正月の時H先輩が帰るのを電話で止めようとした人)と一緒にお留守番で、殆ど参拝者もおらず2人でお守りの在庫整理等をしていました。
祭典の進行具合も時折確認していましたが、ふと見ると誰かがこっちに歩いてくる。
H先輩だッ!!
うわーうわー、特に怒鳴り声とか聞こえなかったけど、厭な予感全開~!! 横でF先輩も不安そうな顔してるし~
ザスザスと砂利を蹴散らしながら戻ってきたH先輩は、そのまま更衣室に直行した。ということは何か用事があって戻って来たわけではないのですね。じゃあ何でやねん!!
「ちょっと、見に行って来るね?」
「お願いします」
F先輩は背後にドナドナが聞こえそうな空気を纏いながら更衣室へ向かった。
5分ほどして戻って来たF先輩曰く、
「………具合が悪いから帰るって………」
「あ、そーですか」
まあ予想通りではあったのですが。
祭典が終ったら課長達も戻ってくるのですが、H先輩はそれを待たずにさっさと帰って行きました。
もう今度こそ終わりだ。
流石にもうクビしかないだろうと誰もが思っていました。翌日から先輩は来なくなったのですが(でも毎日電話して来て『今日は休みます』という連絡はしていた)、それでもクビにはなりませんでした。
一体この後どうするんだろう、と誰もが思っていたある日、とうとう最後の騒動が起きました。
続く。
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しかし、上下関係が厳しいし労働条件が悪い割に、神社界は妙な所では甘い業界なのか、あの一件の後にも特にお咎めはなく(忙しくて咎めるヒマもなかったのだろうか)、のうのうと出勤していました。
しかも正月後の次の波、節分の時期に「体調不良」と称して1週間程休んでました。一応医師の診断書を持ってきていたのですが、課長たちはかなり疑わしいと思っていたようです。その後も週に1回は休むか遅刻か早退、もしくは全部かましていました。
それでも神職さんも何も言わず、巫女さんも何も言わず………
クビにもなりません。どーなってるんでしょうウチの神社は。
言うに言えないというのが正直な所でしょうか。
問題はあるけど新たに人を募集してもそうそう来ないし、彼女よりもマトモだという保証はない、ということなのか。
表立っては言わないものの、巫女の中では勿論評判は悪化していました。
「来る来ないか分からないんじゃ困るんだよねー、シフトも組めないしさー。大体あんなのと同じ給料かと思うとムカつく~!!」
H先輩の同期の巫女さんは息巻いておりました。確かにその通りです。
「辞めるなら辞めてもらった方が仕事がスムーズなんだけどな。何かある度に事後処理に走るの大変だしさ」
「祭典の舞が当たっているのにさ、土壇場になって休むってどうなのよ?」
評判がた落ち………
先輩だからと思って私は何も言いませんでしたが、勿論いい加減にしてくれよと心の中では思っていました。限られた人数でやっているのに、H先輩がブチ開けた穴を誰が必死に埋めているとお思いで?
先輩達は勿論後輩達も大変だったんですよ? 貴女が突然欠勤するから、本来休みだった人が朝っぱらに電話で頼まれて、公休だったのに出勤する羽目になったのですよ?
節分だってどんだけ大変だったか………
ああ、この状態で来年度も続けるのか………と憂鬱でしたが、とうとう最後の決定的な事態が起こりました。
それは3月のある日の祭典中に起きました。
神主さん達が祭典の奉仕をし、巫女が舞を舞い、舞の奉仕じゃない巫女さん達は裏で色々片付けたり準備したりしておりました。
私は社務所にF先輩(正月の時H先輩が帰るのを電話で止めようとした人)と一緒にお留守番で、殆ど参拝者もおらず2人でお守りの在庫整理等をしていました。
祭典の進行具合も時折確認していましたが、ふと見ると誰かがこっちに歩いてくる。
H先輩だッ!!
うわーうわー、特に怒鳴り声とか聞こえなかったけど、厭な予感全開~!! 横でF先輩も不安そうな顔してるし~
ザスザスと砂利を蹴散らしながら戻ってきたH先輩は、そのまま更衣室に直行した。ということは何か用事があって戻って来たわけではないのですね。じゃあ何でやねん!!
「ちょっと、見に行って来るね?」
「お願いします」
F先輩は背後にドナドナが聞こえそうな空気を纏いながら更衣室へ向かった。
5分ほどして戻って来たF先輩曰く、
「………具合が悪いから帰るって………」
「あ、そーですか」
まあ予想通りではあったのですが。
祭典が終ったら課長達も戻ってくるのですが、H先輩はそれを待たずにさっさと帰って行きました。
もう今度こそ終わりだ。
流石にもうクビしかないだろうと誰もが思っていました。翌日から先輩は来なくなったのですが(でも毎日電話して来て『今日は休みます』という連絡はしていた)、それでもクビにはなりませんでした。
一体この後どうするんだろう、と誰もが思っていたある日、とうとう最後の騒動が起きました。
続く。
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